がん進行機構
がん転移には臓器特異性がある。例えば乳がんは肺、肝臓、骨、脳へ転移することが知られているが、膵臓がんは肝臓へ、メラノーマは肺へ、それぞれ転移しやすい性質を持つ。1889年にロンドンの臨床医Stephen PagetはSeed and soil(種と土壌)仮説を発表し、がんの転移はランダムな確率論では説明できず、がん細胞(種)は転移しやすい適切な環境が整った臓器(土壌)で転移巣を形成すると提唱した。以来数々の研究報告により、転移の成立にはがん細胞自身が持つ転移能だけでなく、それを取り巻く間質細胞から成る微小環境による役割が明らかにされてきた。しかし転移の臓器特異性はがん転移の研究における最大の謎の1つとされてきた(図1)。
また、転移とはがん細胞が転移先へ到達する前から始まっており、転移先では線維芽細胞、血管、リンパ管、結合組織の変化や骨髄由来細胞の組織内への誘導等が起きており、「前転移ニッチ」が形成されているとする新たな概念が提唱されてきた(図2)。つまり前転移ニッチが構成されている臓器こそが転移先となるという考え方である。しかし、がん細胞から遠く離れた転移先において、どうやって「前転移ニッチ」が形成されるのかは不明であった。
我々は、これまでにがん細胞が産生するエクソソームが、がんの未来転移先へ事前に到達し(図X)その臓器内細胞へ取り込まれることでがん細胞が転移しやすい環境を整えていることを肺・肝臓・脳において証明してきた(Hoshino et al., Nature 2015; Rodrigues*, Hoshino* et al., Nature Cell Biology 2019)。また、がん細胞由来エクソソームには特定のタンパク質(肺・肝臓では特定のインテグリン、脳ではCEMIP)が選択的に含まれており、それらが「郵便番号」の様な役割をすることでエクソソームの臓器特異的な分布を規定していることを明らかにした。さらに、がん患者の血中エクソソームでELISA解析を行うと肺や肝臓転移があった方において特定のインテグリンが血中エクソソームで上昇していることが分かった。すなわち、がん患者の血中にはがん細胞由来のエクソソームが流れており(図3)、血中エクソソームのタンパク質を元にがん診断マーカーを開発できる可能性が期待される(図Y)。
星野研究室ではこの様にして、様々ながん種におけるエクソソームの腫瘍進展への役割および医療現場での活用を目指すバイオーマーカーとしての可能性を模索し、基礎研究と臨床応用の二つを軸としている。
今後の更なる展開としては、これまで一塊として捉えてきた様々な疾患関連エクソソームの多様性に着目し、今後特定のエクソソームおよびそのエクソソームに含まれるタンパク質が、がん転移のどの機構にどの様に寄与するのか解明を目指している。
((また、)当研究室では)共同研究も活発に行っており、様々な分野の専門家の方々と多次元的な研究展開を常に求めている。